雑誌のグルメ記事は信用できるか? |お得に暮らす

2012-05-18更新
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雑誌のグルメ記事は信用できるか?

本や雑誌のグルメ記事。たいていの場合は、ホメ言葉のオンパレードで、けっして店をけなすようなことは書いていない。でも、ホントにホントかな?グルメ記事の場合、ライターが実際に試食して、おいしいと実感してから取材をする場合と、売りこみや知人の紹介ということで取材に出かけるケースとがある。前者であれば、書かれた記事を信用してもいいが、後者は、やむなくお世辞のような言葉を並べてみることがあるので、記事で紹介されているからと、のこのこ出かけてみると、がっかりさせられることが多い。では、どうやって、その記事のちがいを見わければいいか?最大のポイントは、記事のなかで料理の味について、どれだけ細かくふれているかということだ。もしも、ほとんど料理の味にふれることなく、店内の様子や店の主人の人柄、あるいは駅から近くて便利といったことばかりに言及している記事であるなら、そこで紹介された店にはいかないほうがいい。記事を書いたライターは、料理の味をホメようがなくて、苦心惨惜の末、書いた記事だと想像できるからだ。逆に、料理の味に関しての説明がくわしく書いている記事は、かなり信用度が高いといえる。


ふらりと宿探し

予約なしで安くていい宿を見つける極意旅行にいくとき、あらかじめ泊まる宿を予約せず、ふらりと出たとこ勝負の旅をするのもオッなものだ。えっ、そんないいかげんさで、まともな宿に泊まれるのかって?ご心配なく。あるテレビ番組で、旅行雑誌の記者たちの座談会を企画したところ、全員が「現地で探すと、旅行ガイドブックには載っていない、安くていい宿がかならず見つかる」と、太鼓判を押したのである。といっても、宿を探すのに、安易に駅前の宿泊案内所に飛びこんだのではダメだ。こうした場所の係員はサラリーマン化していて、機械的に空室のある宿を斡旋するだけだからだ。知る人ぞ知るいい宿は、正しい人に宿の紹介を頼んだ場合にだけ、見つかる。つまり、その町の役場に出向き、地元の宿に関して情報通である、観光課の職員に案内を乞うのである。というのも、彼らは仕事の必要上、地域内の各宿の設備をだいたい把握している。しかも会合などで、宿の主人とも旧知の仲。どこの主人が商売熱心で、かつ人柄などの点で、同業者のあいだでも評判がよいか、すべてお見通しだ。だから、旅行者が予算や「露天風呂つきがいい」というような、とくに希望の点を伝えれば、地元の評判を落とさないためにも、希望にかなった、知られざる宿を紹介してくれることが多いのである。また「ともかく、食事のうまい宿に泊まりたい」というグルメ派の旅行者なら、地元のおいしい飲食店の主人に宿を教えてもらう方法が、いちばん確かだ。食事をしたついでに、ころあいを見計らってたずねる。と、主人はきっと、彼がポケットマネーで食事にいく、とっておきの宿を紹介してくれるはずである。

良心的な骨董商はこんなタイプの人

「どのようなモノをお探しでしょうか?」と、店員が客についてまわるのも迷惑だが、苦虫を噛みつぶしたような顔で、奥に鎮座している骨董商の店主も、感じのいいものではない。ただ、そもそも骨董商は趣味が高じた収集家のいきつく商売。価値のある古いモノに囲まれていれば幸せな人たちだから、客に対して愛想をふりまくようなタイプは、最初から少ないようだ。手もみしながら客に近づいてくるような骨董商は、逆に信用できないとみていい。客のもちこんだ骨董品の鑑定後の対応で、いい骨董商かそうでないかは、かんたんに鑑定できる。骨董商がつけた値を客が納得できなかった場合、「ほかをまわってみてください。きっと同じような値をつけてくると思いますよ」と、やんわりいってくれるのが良心的な店。なかには、客の信用度の高い老舗の店を紹介してくれることさえある。いっぽう「ウチほど買い取りに高い値をつける店はないよ」といって、なんとか売らせようとする店は要注意だ。こんな話もある。客がもちこんだ明治時代の骨董品を「これは明治時代以降のもの」と買い叩いた骨董商がいた。こういわれれば、客は「大正、昭和期のたいして骨董的価値のないものだ」と鑑定されたと勘ちがいして、骨董商のいい値を受け入れることになる。しかし、考えてみれば「明治以降」ということは、明治時代もふくんでいることになる。つまり骨董商はけっしてウソはついていないが、目くらましのような話術でごまかし、客のもってきた品を買いたたいた、というわけ。なんともセコい手を使うものだ。いずれにせよ、骨董品の売買は品物を自分の目で見きわめ、あせらずじっくり店の主人とやりとりすることだ。